デザインを育む、デザインが育む

私事で恐縮ですが、我が家の一人息子も4月に無事2歳の誕生日を迎え、日々健やかに成長しております。
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身の回りにある様々なモノ、その全てに対して彼は初心者です。エントリーユーザです。そんな彼が触れ、いじり倒し、齧り、舐めまわし、ぶん投げる道具やオモチャ。コップやクレヨンのような単純なものだけではなく、何かのリモコンであったり、オモチャの電子楽器であったり、お父さんのiPhoneであったりもします。それ舐めないでー。


不思議そうな顔でこねくり回してデタラメに触ったり、親の使い方を真似たり。とにかく一生懸命触ります。
彼にはまだ、「直感的な」ユーザインタフェースなんて存在しないのです。


そんな彼でもいつの間にかスムーズな操作をこなすようになったりして、まさに成長を目の当たりにする日々です。



応用される記憶

NHK Eテレの幼児向け番組「いないいないばぁっ!」にワンワン、というど直球な名前の犬のキャラクターがいます。

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※版権キャラクターなので正面の画像は検索してみてね!


うちの子供は、1歳になるかならないかの頃から今に至るまでこのキャラクターが大好きです。尤も現在ではアンパンマンには負けているようですが。



一方で、日本の世間一般では「ワンワン」とは犬の鳴き声を示すオノマトペであり、犬そのものを示す幼児語として使われる言葉です。
ですから周囲の大人達も、犬や犬の絵を指さして「ほら、ワンワンだよ」と教えます。僕は当初、NHKのキャラクターの呼称としての「ワンワン」と、犬全般を示す「ワンワン」で子供が混乱してしまわないか気になっていました。「犬」と「犬のキャラクター」という概念を理解する年齢ではありませんし。ましてやこのキャラクターに限れば「ワンワン」が固有名詞なので、他の名前で区別して教えようもない。
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ですが、本人は初期の段階から気にすること無くどちらに対しても「ワンワン」という言葉を使っていました。それどころか、犬全般を示す「ワンワン」という言葉を彼が使うようになった頃には、既にその言葉はある程度の広がりをもっていました。御存知の通り犬には多種多様な犬種がいて、大きさも色も見た目も様々な犬に日々遭遇します。それらほぼ全てについて、彼は指をさしては「ワンワン」と言うのです。


これは凄いことですよね?だってブルテリアも柴犬もミニチュアダックスフントセントバーナード白戸家のお父さんも、初めてみたときから「ワンワン」なのです。「ワンワン」の多様性を理解し、ちゃんと脳内の同じ箱に入れている(カテゴライズしている)のです。かと言って、例えば四つ足ならすべて犬とかいうわけでもなく、猫は「にゃーにゃー」、象は「ぞーさん」、ライオンは「がおー」。別の箱がちゃんとあるのです。
アフガンハウンドは間違いなくワンワンで、フォルテシモを歌うハウンドドッグはワンワンではなく大友康平なのです。いやうちの子は大友さん知らんけども。
「ワンワン」の箱に入れるものかどうか、ちゃんと選別しているのです。2歳児だろうと記憶は単なる記憶でなく、分類され、応用されるのです。


もちろん常に正確なわけではありません。例えば彼はバクの貯金箱やオオアリクイのイラストをみて「ぞーさん」と言いました。まぁこの貯金箱は下手したら大人でも象だと思う人はいるかもしれませんし、やはりカテゴライズのためのベースになる蓄積が少ないとエラーは発生しますよね。
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でも、バクという動物の存在を学び、その見た目を記憶することで補正することは可能です。また、象についての知識が深まることでカテゴリの範囲をより正確にすることも可能です。


あ、余談ですがEvernoteのアイコンはひと目で「ぞーさん」と分かったようですよ。



子供は触れて、日々学ぶ


子供は初めから犬を知っているわけではないけれど、犬というものを教わり、学習することで、初めて見る犬でも「犬」であると判断できるようになります。知識が足りなかったりあまりにそれまでの知識パターンから離れていれば誤ることもありますが、それも学習によって補正されます。
というところまでが前段。


ここからが本題です。長かったですね。


息子が今よりずっと赤ちゃんだった頃、ベッド脇においてある照明のリモコンをよくいじり倒していました。当然適当に押しまくるので照明がついたり消えたりします。デタラメでしたが、やがて彼はそれが自分の行為と連動していることに気づき、更なる試行を繰り返すようになります。2歳の今では、どのボタンで照明をつけられるか(自分だけ目が覚めて退屈なときにどれを押せばいいか)はっきり認識しています。困ったなぁ


やがて彼は、テレビのリモコンにも目をつけます。ボタンを押すと変化が起こる。ただそれは照明よりずっと複雑でボタンも多くて、意味もわからないのに学習し切れるものではありません。でもそれを使えば好きな番組が見られるのを知っているのでデタラメに触った後、僕のところに持ってきて「ないないばー、どーぞ?」とか言います。どうぞじゃねぇよ可愛いな畜生


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自分のオモチャにも、スイッチのついているものがあることに気づきます。そのままではうんともすんとも言わないオモチャが、特定のスイッチで光ったり音楽を鳴らしたりするようになることを突き止めます。最初は動かなければこれも僕のところに持ってきていたのが、今では好きなときにスイッチオン出来ます。新しいオモチャを渡しても、そういう機構があることを理解するのが早くなっています。まぁいちいち催促されなくなったのでありがたい


掃除機だってもう「あそこを押せばなんかガーってなって面白い」って気づいてますよ。だからうっかりコンセント差しっぱなしは危険です(幸いそっちはまだ気づいてない)。いきなり五月蠅いし、何吸い込まれるか分かったもんじゃないですからね。大慌てでお父さんお母さんが止めにくるのが楽しいようですね。楽しくねぇよ



大人は、その製品自体が初見であっても自分の知っている「スイッチ」と共通する記号を見つけることで、使い方や、モノによってはその結果が予想できます。子供だって、繰り返し新しいモノに触れていくうちに学習して、自分の知ってるあのオモチャと同じで「何かすると動きそうなもの」だから「電源スイッチを探す」ようになります。


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考えてみれば「スイッチ」って、シンプルで、実に訴求力のあるインタフェースですよね。少なくとも単純な形状の「スイッチ」がオンオフの機構として機能する操作対象であることは、現代日本(もちろん海外においても多くの場合)においては概ね共通認識として通用するでしょう。



Webをはじめ、コンピュータの表示画面上にボタンやスイッチを想像させるデザインのものが配置されていれば「操作できるインタフェース」であると認識できるのは、まさしくこうした共通認識のお陰です。
物理的なものでなく「模したデザイン」であってもそのように感じられるのは「操作できるという前提」と、「操作できそうな見た目」がマッチングしているからです。



即ちユーザインタフェースのデザインが「直感的」であると言う場合、「多くの人が "操作するのはここである"と感じることの出来る記号を持つ」デザインである、と言うことです。初見のインタフェースが何のために存在し、どのように操作できるのかを予測するとき、その予測される情報は事前に学習し、蓄積されたデータによるものです。予測とはつまりユーザインタフェースの操作においては「そうあるべき」という期待であり、反応が期待通りであるときにユーザは「直感的である」と感じるのです。それを操作するために、「意識して憶えなければいけない約束事」のないデザイン、と言い換えることもできます。
斬新すぎてどう操作して良いか分からないとか、イメージした操作で期待した処理をしてくれないインタフェースは、直感的とは程遠いデザインということになります。どうにも収まりが悪いのです。iPhoneのアプリなんかは個人的には出来る限りジェスチャで動かせる方が楽しいですが、だからといって「どうしたらいいかわからない」レベルになってしまっては本末転倒です。どのスワイプが何の操作に割り振られているのか、ひとつひとつそのアプリのためだけに憶えるのはちっとも快適ではないですよね。


新しいデザイン、試み自体は否定するどころかどんどんして欲しいと思いますが、人の使うものである以上は本質的な期待を裏切らない(間違った期待をさせない)デザインであるべきです。



もちろんユーザインタフェースにおいては単体の形状だけではなく、全体の中でどのように配置され、どのように並べ、まとめられ、あるいは分離されているかも重要になります。ここでは割愛しますがプレグナンツの法則などはユーザの心理に働きかける上で非常に重要な考え方です。




変化するインタフェース


最近はWindows8のUIに代表されるようなフラットデザインが流行です(Webではもっと前から主流ですね)。iOS7でもフラットデザインに一新されるという噂がもはや既定路線のように語られています。

フラットデザインでは「クリック感があり、立体的な凹凸で理解させる」従来のボタンデザインのような意匠が採用されないので、ある意味では非常に不親切なデザインです。ここでその是非を論ずることはしませんが、リアル路線の後に単純化したポストモダンモダンアート的なデザインが流行るというのはまぁ理解できる流れではあります。



従来の立体感やリアルなギミックでユーザを魅了したスキューモーフィックデザインにとって代わり、フラットデザインがタッチデバイスのスタンダードとなるのかはまだわかりません。ただ、黎明期のユーザ理解を助けるために採用されたインタフェースデザインが現実のメタファであったからといって、それが今後もベストな選択で在り続けるとは限りません。タッチパネルという操作インタフェースが浸透した今、視覚効果でことさらアピールせずとも「触れば動く」という共通認識もまた浸透しつつありますからね。


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日頃からiPhoneiPadに触れている我が子は液晶モニター的なモノは画面に触れたら操作できると信じています。おかげでiMacも特定の場所*1が指紋だらけです。僕にとってはつい最近まで存在しなかったインタフェースですが、子供にとっては生まれた時から「当たり前」のものです。「当たり前」なインタフェースも時代によって変化し、それがまた新たに「直感的」なユーザインタフェースを生み出すのかもしれません。



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今回は子供の話から何やらバックドロップ気味にUI論に持ち込んでフォールからのテンカウントを狙うという流れるような美しい力技を披露してしまい、大変失礼いたしました。どちらかというと場外にぶん投げた感もありますが。



(訂正2013.6.7) 文中で「ポストモダン」という言葉を使っていますが、ニュアンス的には「モダニズム」「モダンアート」の方が正しいので訂正します。

*1:パスワード入力のボックスが表示されるあたり。